――か、課長、なにするんですかっ!?

 ここ、お母さんの病室ですよっ!

 いくらなんでも、不謹慎――

「――止まったな」

 笑いを含んだその一言で、忙しなく回っていた私の思考も止まった。

「は……い?」

 何が、止まったって?

「鼻水と涙。こっちを止めるにも、刺激を与えるのは有効な方法みたいだな」

「鼻……水と、涙って」

――優先順位が高いの、鼻水ですか?

 そりゃあ、見ていてアレなのは鼻水でしょうけど。

 せめて、涙の方にしてください……。

「荷物も持ったことだし、帰るとするか」

「……そうですね」

 私をお母さんに会わせるための方便かと思ったら、本当に病室に忘れ物をしていたらしい。

 着替えやタオル類が入っているという大ぶりのスポーツ・バックを二つ手に持つと、課長は、私の顔を覗き込んだ。

「なんだ? 元気がないな。やっぱり入院していくか?」

 あきらかにからかい交じりの声音に、いったい誰のせいだと心の中で一人ごちる。

 あれは私の反応を見越した上でやっている。

 ぜったい確信犯――に違いない。

 昔っから、そうだ。

 人をからかっては、その反応を見て楽しんでいる。

――課長、そのメンタリティー、小学生並じゃありませんか? と、言ってやりたいところだけど、さすがに場所柄をはばかった。

「別に、普通です。入院は必要ありませんから、ご心配なく」

 答える声が少しぶっきらぼうになってしまったのは、仕方がないと思う。

 だって優先順位=鼻水ですから。

 どうせ、鼻水をせき止めて綺麗な涙だけ単体で出すような、あんびりーばぼーな真似はできません、私。

 おかげさまで、どっと力が抜けました。ついでに、胸のドキドキもすっ飛びました。