「分かりました。相談日は、明日にでも改めて電話で予約を入れます」

「そうしていただいたほうが、間違いないですね」

「はい、そうします。それと……」

 にこやかなでも事務的な会話の後に、課長は、遠慮がちに声のトーンを少し落とした。

「実は、母の病室に荷物を置いたままなので取りに寄りたいんですが、かまいませんか?」

――え?

 お母さんの病室に、寄る?

「ああ。かまいませんよ。顔を出してあげたら、お母様もきっと喜ばれるでしょう」

 訳知り顔の看護師さんは、ニコニコと満面の笑顔を私に向ける。

――美人な女医さんと言い看護師さんと言い、なんだか変な誤解を受けている気がするんですけど、気のせいですか?

『おだいじにね』と、看護師さんの笑顔に見送られナース・ステーションを後にした私は、課長の半歩後を複雑な気持ちで歩いていた。

『少し、寄り道な』、そういって課長が向かう先は、二つ上のフロアにあるというお母さんの病室だ。

 こんな事件が起こらなければ、語られることはなかったはずの別れの理由。

 課長は、課長自身の言葉でお母さんのことも含めて、過去のことを全部話してくれた。

 私が想像さえできなかった、壮絶な過去を語る。

 たぶんそれは、塞ぎきらない傷口をえぐるような痛みを伴った行為だったに違いない。

 それに、過去は過去のままでは終わっていない。

 こうして現在も、その苦しみは続いているのに。

――私が付いて行って、いいのかな?

 開いてしまった傷口に、塩をぬりこむようなことにならない?

 そんな疑問が、むくむくと不安を伴って膨らんでいく。