そんなことを考えながら歩いているうちに、煌々と明かりが付けられたナース・ステーションに着き、カウンターの向こう側で何やら作業をしている看護師さんに、課長が声をかけた。

「すみません、救急でお世話になった高橋ですが――」

「はい、水町先生から伺っています。このまま帰っていただいて大丈夫ですよ、谷田部さん」

――あれ?

 高橋ですって声をかけて谷田部さんって答えが返ってくるってことは、さっきの美人先生だけじゃなく、看護師さんも顔見知り?

「ありがとうございます、主任。いつもお世話になりっぱなしで、すみません。今度、美味しいスイーツでも差し入れますから」

「お気になさらずに。私たちは、仕事ですから」

 ニコニコと、愛想の良い笑顔で応対してくれる看護師さんが続いて発した言葉に、私は一瞬にして凍り付いた。

「あ、そうそう。水町先生から伝言です。お母様の今後の治療方針についてご相談があるので、都合の良い日においで下さいとのことです」

『お母様の治療方針』

――お母様って、まさか。

 まさか『(さかき)』の、九年前に交通事故に遭って植物状態だという、課長の実のお母さん――のこと?

 ここに、この病院に入院している……の?

 呆然とすぐ隣にいる課長の横顔を仰ぎ見れば、私の視線に気付いた課長は、いたずらを見つかってしまった子供のような表情で力なく口の端を上げた。