これは、私の気持ちの踏ん切りをつけるための儀式だ。ただ、そのためだけの通過儀礼。
東悟の答えは分かっている。
この人は、課せられた責任を放り出すような身勝手な人間じゃない。
九年前そうだったように、今も、この人の本質は変わらない。
きっと私の思いが実を結ぶことは、ないだろう。
でもあえて告白しよう。
東悟には迷惑なだけだろうけど、甘えさせてもらおう。
当たって、砕けろ。
きれいさっぱり、未練なんか微塵も残らないくらいに、砕けてしまえ。
穏やかな眼差しを向ける東悟の瞳をまっすぐ見据えて、清水の舞台から飛び降りるような決意で私が口を開こうとした、まさにその時。
ガラリと、何の前触れもなく病室のスライドドアが開いて、私の一大決心の成果は喉の奥深くに勢いよく引っ込んでしまった。
「目が覚めたみたいね」
聞き覚えのない涼やかな澄んだ声音が、静かな病室内に響く。
全身金縛り状態の私にむかって、さっそうとした足取りで歩み寄ってきたのは、白衣のビーナス、もとい白衣を身にまとった、やたらと美人な妙齢の女医さんだった。
クレオパトラを思わせる漆黒のショートボブが、肩口でサラサラと揺れ、はっきりとした目鼻だちのフェイスラインを、軽やかに縁取っている。
豊かな胸に付けられた白いネームプレートには、Dr.水町と書かれていた。
「気分は、どうかしら?」
ニッコリと、魅惑的な笑顔で問われた私は、形ばかりの笑顔を浮かべた。
――もう、最悪です。
一大決心が、別の意味で木端微塵です。
足音、しなかったんですけど、忍者ですか?