――やっぱり。

 あれは、夢じゃなかったんだ……。

 なんて思ったら、微かに触れた唇の感触が蘇ってきて、引っ込んでいた涙がまたこみ上げてきてしまった。

 こんなに、涙もろくはなかったはずなのに。今日は、やたらと涙腺がゆるくて仕方ない。

「ごめんなさい。色々と、反省してます……」

 グシュリと鼻をすすりあげながら、思わずシュンとうなだれた私の涙腺崩壊を察知したのか、東悟は、やけに優しい声で語りかけて来る。

「ごめんなさいは、俺の方だよ。俺は、あの時きちんと別れの理由を言うべきだった」

 一つ、長いため息を吐き出した後、東悟は、静かに口を開いた。

 淡々と東悟自身の口から語られた、九年前の失踪理由。

 それは、東悟の従兄、谷田部(やたべ)(りょう)が語ったことが真実であると裏付けるもので、このことに関しては、彼は私に嘘をついていなかったことになる。

――だからって、ほめてなんかやらないけど。

「俺はあの時、何の力も持たない、ただの青二才だった……」

 穏やかすぎるほどの静かな声音に、当時の東悟の心中を垣間見せるものは、まったく感じられない。

 でも、だからこそ、その痛みを身の内に秘め続けている気がして、胸の奥が軋むように痛んだ。

 あの時、打ち明けてくれたら、よかったのに。

 そう思う気持ちと、あの時、打ち明けられていたら、私に何ができたのだろう?

 そんな、相反する気持ちが私の中でモヤモヤと渦を巻く。

 冷静に考えるなら、たぶん、何もできなかった。

 東悟が、一介の大学生に過ぎなかったように、私も、東悟に恋をする、ただの十八歳の女の子に過ぎなかったのだから。

 それを痛感していたから、東悟は、私に真実を告げずに姿を消したのだろう。

――でも、それでも。

 私は、打ち明けてほしかった。