「あーあ。せっかく、理性のある大人の男ぶりっこしてたのに、誰かさんのおかげで、今までの苦労がぜんぶ水の泡だ」
どこか気抜けしたような課長の、ううん、『東悟』の声に、私は目を瞬かせた。
『理性のある大人の男ぶりっこ』
……って。
「……え?」
何を、言っているの?
「最初、社員の中に君を見つけたときは、さすがにこれは『天罰』だと思ったね。これ以上なく手酷く傷つけてしまった恋人に、まさかここで会うなんて、因果応報以外の何物でもないってね」
少し自嘲気味に口の端を上げた東悟は、今度は何かを思い出したようにクスクスと笑いだした。
「おまけに、笑っちゃうくらい中身が昔のまんまで、ついつい構いたくなって……」
――どうせ、進歩がないですよ、私は。
外身ばかりが年を取り、中身はさっぱり変りばえしていない。
自分ではよくわかっているし、反省もするけど、人から言われるとなんとなく面白くないもので。
思わずむくれながらも、まるで別人のようだと淋しく感じていた東悟がそんなふうに思っていてくれていた、その事実は、ちょっとばかり嬉しい。
なんて、喜んだのも束の間。
「真面目な話、思わず手を伸ばして抱きしめたくなるのを我慢するのに、苦労したよ、俺は」
「――は、は、はいっ!?」
いきなりの爆弾発言投下に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
『抱きしめたくなる』という言葉が、脳内でエコー増幅されて右へ左へ行ったり来たり。
――何を言い出すんだ、この人は!?