悲しいんじゃない。

 悔しいんでもない。

 私は、嬉しいんだ。

 たとえ過去形であっても自分を『愛おしかった』と、『誰よりも、愛おしかった』と言ってくれた。

 その言葉が嬉しい。

 あふれ出すものを止める術もなく、大人気もなく『えぐえぐ』としゃくりあげていたら、フワリと抱き込まれた。

 すっぽりと、力強い腕の中に包み込まれてしまった私は、それでもただ泣いていた。

「そんなに、泣かないでくれ……」

 困ったような囁きが、耳元に落とされる。

 抱きしめるのではなく幼子をあやすような柔らかい抱擁に、こみ上げるのは募る想い。

 溢れんばかりの、愛おしさ。

――ダメだって、イケナイって、頭の隅で誰かが囁いている。

 それでも、この温もりをふりほどけない。

 この想いが誰かを傷付けても、何かに背いても、それでも私は、この腕を振りほどきたくなかった。

 このまま、この温もりに包まれたまま、時が止められたら、どんなにいいだろう。

 でも、現実にはそんな奇跡は起こるはずがない。

「……とうとう言ってしまったな」

 課長はポツリとつぶやくと、私の背に回していた両腕をすうっと外して、まるで『お手上げ』というように小さくバンザイしてみせた。

 そう、ちょうど、『ホールド・アップ』するみたいに。

 そんなに力いっぱい抱きしめられていたわけじゃない。

 すっぽりと、包み込まれていただけ。

 なのに、とたんに襲ってきた喪失感に耐えられずに、私は思わず自分をかき抱いた。

――分かっている。

 これが、ボーダーライン。

 これ以上は、踏み込んだらダメだ。

 そう、必死に自分に言い聞かせていたのに――。

 領空侵犯してきたのは、課長の方だった。