――ぜったい、うそだぁ。
だって、どう見ても、あの時ぶつかったのは、お年寄りだったもの。
いくら短い時間だって、風間さんなら気付いたはず。
テレビドラマじゃあるまいし、そうそう完璧な変装なんてできるわけがない。
疑惑の眼で見つめていたら、風間さんは、ごほんと一つ咳払いをして、どこからともなく取り出した茶色のハンチング帽を目深にかぶると、少し背を丸めた。
『――年を取ると、もうろくしていかんですなぁ』
――えっ!?
しわがれた声は、まさにあの時聴いたおじいさんの声、そのもの。
風間さんの地声とは、似ても似つかない。
それに、少し背を丸めた立ち姿はお年寄りにしか見えない。
まるで、別人。
声と姿勢の変化だけで、こんなにも受ける印象が変わってしまうなんて、驚きだ。
「まあ、あのときはカツラと口ひげをつけていましたが」
それなら、あの短い間に風間さんだと気付けなくても仕方ないかも。
「すごい……」
思わず口からこぼれ落ちた賞賛の呟きに、風間さんは、にっこり笑みを深める。が、課長の反応は、とても冷淡だった。
「かくし芸大会はいいから、用件をすませろ」
「はいはい。わかりました。あんまり怒ると、高橋さんに嫌われますよ」
「別に、彼女に怒っているわけじゃない」
「君は、自分も含めて、彼女以外の全てに怒っているんですよね」
「よく分かっているじゃないか」
ギロリと強まる課長の視線を受け、風間さんは、かぶっていたハンチング帽を外して苦笑を浮かべた。