意図せず発せられた何気ない言葉のひとつに、思い知らされる、現実。
薬を盛られて襲われかけるなんて、あまりに非日常な体験をしたから、うっかり忘れていた。
――そうだ。現実に帰れ、梓。
ふっと緩い抱擁から身を離し、私はいつもの自分に立ち返る。
谷田部課長の一部下である高橋梓に戻る。
「――私の方こそ、軽はずみなことをして、ご迷惑をおかけしてしまって、すみませんでした」
変に、目頭に熱がこもる。
鼻の奥が、ツンと痛い。
――うう、泣くな、バカ。
子供じゃないんだから、泣くんじゃない。
決壊しそうな涙をどうにか瀬戸際で食い止めて、ぺこりと、私はベットの上で頭を垂れた。
課長が手渡してくれた一緒に窮地を切り抜けた長年の友、黒縁メガネちゃんを装着し、視界がクリアになり、ホッと一安心。
――と思ったところで、少し不機嫌そうな硬質な声が飛んできた。
「軽はずみなことをした――とは、思っているんだ?」
「……え? あ、はいっ」
ギョッとして慌てて顔を上げれば、さっきまでの甘さも柔らかい雰囲気もどこへやら。
ベットサイドのパイプ椅子に腰を下ろして、両腕を組んだ姿勢の課長の姿。
心なしか、全身から黒々とした怒りのオーラが立ち上っている気がする。
ひどく真剣な眼差しに射抜かれて、いたたまれなくなる。