私が横たわるソファーの傍らに、(ひざまず)く懐かしい気配。

 ――ああ。

 安堵感で、自然に涙がポロリと頬を伝った。

 伝う涙を、そっと拭ってくれる大きな温かい手。

 その温もりがしみて、更に涙があふれて頬を滑り落ちる。

「こんな無茶をして……」

 そして両頬が大きな手で包まれ、額に落ちたのは柔らかい感触。

 私は、出ない声の代わりに、小さな安堵のため息を落とした。

 両頬の温もりがふっと遠のき、静かに離れていく足音。

 数瞬後、蛇親父の呻き声が上がった。

「うっ……」

「あんたが俺に何をしようとかまわない。だが、金輪際(こんりんざい)、梓に関わることは許さない。今度同じようなことがあれば、警察ではなく俺自身が相手になる。よく覚えておけ」

 決して荒げることはない。

 でも、強い怒りと信念が込められた重低音の声が響き渡った。

 胸元を締めあげられているのか、蛇親父は尚も苦し気な呻き声をあげている。

「東悟君、そろそろ、おまわりさんが来るので、ほどほどにね」

 風間さんののんびりとした声に答えるように、静かに息を吐く課長の気配。つかんでいた手を離されたのか、蛇親父が勢いよく床に転がる音が響いた。

 そして再び近づいてくる課長の気配。

 そっと膝の裏と背中に力強い腕が差し込まれ、ソファーから抱え上げられる。

 鼻腔に届くのは、爽やかな柑橘系の香りと、かすかなタバコのにおい。

「俺は、梓を病院に連れていく。後は頼んだぞ風間」

「了解、ボス。後のことはおまかせあれ」

 ゆらゆらと、心地よい揺れとぬくもりに包まれて、私の意識は、完全に眠りの底へストンと落っこちた。