「梓……」

 低い囁きが、耳に届く。

 その声音はとても優しくて、何だか泣きたくなるくらい嬉しい。

「俺は、何も理由を告げずに、お前の前から姿を消した男だ。だから、そんなふうに笑いかけてくれるな……」

 だって、嬉しいんだもの。

 また、あなたに会えた。

 だから、嬉しくて笑っちゃうの。

「すまない……」

 ポツリ――と、

 微かに震えを含んだ声が、闇の中に静かに落ちていく。

 そんな顔をしたらダメ。

 そんな悲しい顔をしたらダメだよ。

 ほら。

 私まで、悲しくなっちゃうでしょ?

「梓……」

 微かに、微かに、唇に届いた、懐かしい感触。

 失うまいと掻き抱く私の両手を風のようにすり抜けて、それは、まるで幻のように、すぐに消えてしまった。

 忘れたはずなのに、どうしてこんなに胸が苦しくなるのだろう?

「東悟……」

 呼び合う声は、あの頃と何も変わらないはずなのに、どうしてこんなにも離れてしまったのだろう?

 上気した頬の熱を奪って、涙が耳元に伝い落ちていく。

 分かっている。これは、夢。

 懐かしい、あの人の、夢なんだ――。