「……まさか」

 信じられないものを見たように、蛇親父の瞳が見開かれる。

「本命は、()()()なのか?」

「はい、()()()です」

 風間さんの顔に、例のチェシャ猫めいた笑みが浮かぶ。

「谷田部総次郎氏からの依頼は、あなたに関する横領と、関連企業間との贈収賄の確たる証拠を押さえること。こちらはすでに証拠を揃えて報告済みですし、会社側からの被害届と告訴状も警察に提出し受理されています」

「それでは、警察が来るというのは……」

「もちろん、横領と贈収賄の容疑です。――が、証拠に、この録音データを渡せば、もう一つ罪が上乗せされるでしょうけどね。どちらにせよ、あなたは、自分が犯した罪に見合った社会的制裁を受けることになるでしょう」

 浮き沈みする意識の向こう側で、いつの間にか麒麟(きりん)探偵と蛇親父の対決は、決着がついたみたいだ。

 考えてみれば、鳳凰(ほうおう)や龍と並ぶ神獣・麒麟(きりん)と、ただの(へび)では勝負になるわけがないのだ。

 ああ、よかった。

 一件落着、めでたしめでたし。

 そう、ほっとして意識が落ちかけたその時。

 部屋の扉が力任せに開け放たれた。

 息を切らして駆け込んできた人の気配に、私は閉じかけた目を開けようとした。

――だめだ、もう瞼があがらない。

 再び、眠りに落ちかけた私の意識を引っ張り上げたのは、心に染み入るような温かさを持った聞きなれた低音の声。

「梓っ!」

――ああ。

 名を呼ばれ、全身を包んだのは、えも言われぬ安堵感。

「飲まされた睡眠導入剤とワインのせいで、眠っているだけです。脈も安定してますし、心配いらないでしょう。でも一応、後で医師に診てもらった方がいいですね」

「そうか……」