「あなたの地位や資産目当てで寄ってくる女性相手の火遊びで、満足しておけばよかったんです。今回、高橋さんに手を出したのはまずかった。彼女が、東悟くんにとって大切な人だと知った上での、この犯行。あなたは、東悟君を本気で怒らせてしまった」

「……ふん。あいつが怒り狂ったところで、痛くも痒くもないわ」

「あなたは彼を見誤っている。彼は、谷田部総次郎氏が後継と決めて育てた男です。血のつながりだけでなら、長兄の遺児であるあなたが選ばれていたでしょうが、そうはならなかった。その意味を、よく考えてみることです」

「そんな御託(ごたく)は、どうでもいい。だからどうだというんだ? あんな運だけで叔父貴に取り入ったような男など、私は認めない」

 それに、と、蛇親父は語気を強める。

「証拠にもならない盗聴データだけでは、私は裁けない。たとえ叔父が依頼主だとしても、いくらでも言い逃れはできる」

 買収がかなわないと悟ったのか、蛇親父は開き直る作戦に出たようだ。

「まあ、高橋さんの件は、用意周到で狡猾なあなたなら、そのくらいやってのけるでしょう。でもこちらの件は、そうはいかないですよ?」

 風間さんが手を伸ばしたのは、割れたワイングラスや、ひっくり返ったワインボトルが散乱したテーブルの上。

 手に取ったのは、放り投げられたままだった赤いワインまみれの白い紙片。

 金額の書かれていない、小切手だった。