私をそっと抱き起した彼は、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。部屋のキーロックを外すのに、少々時間がかかってしまいました。だいぶ、怖い思いをさせてしまいましたね」
「風間……さん……」
私は、つい一カ月半前に、この部屋のお向いさん、谷田部課長宅で知り合ったばかりの、課長の幼なじみの探偵・風間太郎さんの名前を掠れる声で呟いた。
声が震えてしまったのは、抜けきらない睡眠なんたら薬の影響と、危機を脱したことへの安堵感から。
――ああ、助かった……。
最悪の事態も覚悟した。
自分の浅はかさが招いた結果だと、もう谷田部課長に顔向けできないと、そう、あきらめかけた。
でも、助かった。
「あり……がと、ござ……ます」
「礼は、僕に君のボディーガードを依頼してきた、東悟くんに、言ってあげて下さい」
「課長……が……私の?」
「ええ」
――そうか、以前、谷田部課長が風間さんに依頼していた『新規でガード』というのは、私のボディーガードのことだったんだ……。
感謝の気持ちと申し訳ない気持ち、そして、すっかり行動を読まれている気恥ずかしさが入り交じる。
一言でいえば、かなり、心の中は複雑だ。
「盗聴したものに何の証拠能力もない。証拠もないのに逮捕などできるものか。反対に、住居不法侵入と暴行罪で訴えてやろうか?」
すぐ近くで、膝立ちになったままの蛇親父が語り出した。
縛り上げられているというのに、ニヤリと浮かべた皮肉交じりの笑みに、余裕が戻ってきたのが垣間見える。
海千山千。
これくらいのことで、ダメージを受ける蛇親父ではなさそうだ。
でも、風間さんの方も負けてはいない。