床に横たわったままの私にチラリと、『大丈夫だよ』と言うみたいに優しげな視線を投げて、その人は男には目もくれずに、まっすぐ私の元へ歩み寄る。
「何を、ふざけたことを――」
阻もうと身を乗り出した男をひらりとかわしざま、右手で男の右手首を掴んで進行方向に引き倒し、すかさず両足を払いのける。
一連の動きに無駄はなく、流れるように滑らかで美しささえ感じてしまう。
相手の動きや力を利用して相手を制する、合気道――と言われる類の武術かもしれない。
「うっ……」
一瞬にして、その身を床に沈められてしまった男は動くこともできずに、うつぶせのまま苦悶のうめき声を上げている。
「警察が来るまで、そのまま少し大人しくしていてくださいよ」
自称正義の味方さんは、うつぶせで唸っている男の手を腰の後ろでクロスさせ、どこからともなく取り出した細身の縄で器用に縛りあげた。
痛みの余波に顔をしかめながらも膝立ちになった男の目は、憤怒のあまり血走っている。
「警察だと? 何の容疑だ? 言っておくが、この女は自分からここにきたのであって、私が強要したのではないからな」
「まあ、その辺は、録音したものを分析してもらえば、はっきりするでしょう」
向けられる、射抜くような鋭い視線にも動じる様子はみじんもなく、正義の味方さんは、苦笑を浮かべて肩をすくめた。
そのまま男には目もくれずに、床に横たわる私の元へ足早に歩み寄ってくる。