確か、テーブルの上に置いたような音がした。

 メガネを求めて、テーブルの上に手をさまよわせる。

 ワイングラスをなぎ倒し、なんとか目的のものを手に取った。

――やった!

 これで、逃げられる!

 と、喜び勇んでメガネをかけたのも、つかの間。

 目の前には、仁王様のごとく全身から怒りのオーラをほとばしらせ、文字通り仁王立ちしている敵の姿。

 その左頬には、くっきりと私の付けた赤い手形が浮かび上がっている。

「大人しい顔をして、とんだジャジャ馬だな」

――完璧に、怒らせた。

 さっきまで浮かべていた余裕の笑みが消えて、むき出しの怒気が向けられてくる。

 さすがに、怖い。

 じりっ、じりっと、思わず後退(あとずさ)った。

 玄関まで猛ダッシュしても、悲しいかなコンパスの差が大きいから、かなり分が悪い。

 でも、それ以外に選択肢は見つからない。

 賭けてみるしかない。

 行けっ!

 自分では、かなりの好ダッシュだったと思う。

 でもおそらく、現実には逃走時間は数秒ほど。

 後ろから伸びてきた腕にあっさりと捕獲され、痛い思いをしただけで、状況は振り出しへ戻ってしまった。

 場所に至っては、ソファーから数歩も離れていない。