「言っておくが、このフロアには二部屋のぺントハウスしかないから、一般客は出入りしない。その上、お向いさんはあいにく今日は留守でね」

 くっくっと、男は、喉の奥で勝ち誇ったように笑う。

「そもそも、防音対策は万全だから、部屋の外には音漏れはしない設計だ。それでもかまわないなら、思うぞんぶん、叫んでみるといい」

「!?」

 ぬるりと、喉元に湿気を含んだ生温かいモノが這う感触が走り、思わずのけ反った。

「やめ……っ」

 続けて同じ場所に、湿った熱とチクリと刺すような痛みが走る。

――キス……マークを、付けられ……た?

 まるで所有印を刻み込むみたいに、喉元から胸元へ、何度も痛みが走るたびにカッと頭に血が上っていく。

――気持ち悪い。

 悔しい。

 なのに、私は動けない。

 逃げ出したいのにソファーの隅に抑え込まれ、四方八方逃げ場を封じられて、体がどうにも動かない。

「君が私の手に落ちたと知った時の、あいつの顔が見ものだな」

 男は(わら)う。

 獲物を(ほふ)る、蛇のように。

――課……長。

 谷田部課長――。

 私にだけ向けられる優しい笑みが、絶望の色に浸食された脳裏をよぎる。

――だめ。だめだ。

 あきらめたら、本当に、そこで終わってしまう。