「少し、悪酔いしたみたいだから、このまま送っていくよ。どうせ、同じ方角だからね」
ん? なんで東悟の声がするんだ?
あの史上最大の薄情野郎は、理由も告げずに私を捨てて行って、何処に居るのか分からないのに。
「そうですか? じゃあ、よろしくお願いします、谷田部課長」
谷田部課長?
誰だっけ、それ?
すうっと意識が遠のいて、次に気が付いたのは、タクシーの中だった。
体に伝わる、微かな振動音。
窓の外には、半分眠りに就いた夜の町が、ゆっくりと流れ去っていく。
そして。頭の下には、『誰かさん』の広い肩――。
背広越しに感じる微かな体温は、妙に温かくて、急に鼻の奥に熱いモノが込み上げてきてしまう。
「っ……」
一生懸命、押しとどめようとするけど、無駄な抵抗で。
ポロポロと、後から後から溢れ出す涙。
泣き上戸じゃなかったはずなのに。
涙が止まらない。
この肩の温もりを、体温を、愛おしいと思う自分に気付いてしまったから。
涙が止まらない。
「俺の前で、あまり無理をするな……」
優しい囁きと共に、そっと触れた彼の指先が、頬を伝う涙を拭っていく。
お願い。
優しくしないで。
私に、あなたを好きでいてもいいって思わせないで。
私は、もう嫌なの。
あの時みたいに、
自分の半身が裂かれるような、あんな思いをするは嫌なのよ――。