いくら課長の従兄だと名乗られても。
その容貌が、見るからに課長と似ていても。
たとえ、課長が困った状況にあると言われても。
私は、こんな所まで、初めて会った男にノコノコとついてくるべきじゃなかった。
そもそも、最初に電話に出たときに気が進まなかったのだから、強く断ればよかったんだ。
会社の玄関フロアで、迎えに来ていたリムジンに度胆を抜かれたとき。
このホテルに、着いたとき。
行き先が、レストランではなくホテルの個室、最上階のペントハウスだと気付いたとき。
引き返す機会が、いくらでもあったのに――。
バカ、バカ、バカっ!
高橋梓の、大バカっ!
オタンコナスッ!
これほど、自分の甘さと優柔不断さを呪ったことはない。
「放……して、下さいっ」
捕まれた左手首を引き抜こうと、渾身の力で引っ張った。
でも、無駄に拘束が強まって指先が食い込み、走る痛みで、思わずうめき声がもれる。
「っ……」
「ほら。そんなに暴れると、苦痛が増すだけだと、なぜわからない? どうせ、あいつと別れてから、付き合ってる男もいないんだろう?」
さぞ、下卑た笑いを浮かべているのだろう。
でもそんなことに、いちいち腹を立てて、かまってはいられない。
――放せ。この、この、このっ!
四肢に力を込めて、逃れようとするけど、どうにも身動きがとれない。
唯一自由になるのは、口のみ。
なんとか、この窮地を脱する糸口を、つかまなければ。
「谷田部さんっ」