ふり仰げば、すぐ目の前には、さっきまで向かい側のソファーに座っていたはずの人物の、顔の、どアップ。

 鼻をつく、むせ返るようなオーデコロンとワインの混合臭に、うっと息がつまる。

「な……?」

 パ二クる脳細胞を総動員して、現状把握を試みる。

 どうやら、左手首を力任せに斜め後ろに引っ張られて、倒れこんだところを抱き留められた、

 というよりは、抱きつかれた?

 がっちりと捕まれた左手首に、鈍い痛みが走る。

 腰は、左腕全体でしっかりと抱え込まれていて、ぴったりと寄せられた大柄な身体は、私の力では、びくりとも動かない。

「何……を、するんですか?」

 自分のものとは思えない、低く掠れた声音が広い空間に虚ろに響く。

「何って、見ての通りだが?」

 頭上から降ってくる含み笑うような声に、背筋にゾクリと悪寒が走る。

――まさか。

 そんな、まさか。

『どんな人でも、谷田部課長の血縁者』

 そんな、見込みの甘さが、確かにあった。

 でも、まさか――

「情でも金でも動かない女を、思いのままに動かす方法はいくらでもある。それを、教えてあげようと思ってね」

 二イッと、弓なりに上がる口角。

 私は、この期に及んで初めて、自分の浅はかさを悟った――。