「そんなもの、親が決めた形式だけのものだ。まだ正式に結納が交わされたわけでもないし、今の時点なら解消しても、たいした問題にはなるまい」

 そうだ。

 課長には、婚約者候補の女性がいる。

 いつか真理ちゃんが、課長のお嬢さんが教えてくれた、『おじいちゃまが決めた婚約者』がいる。

 真理ちゃんの『おじいちゃま』は、課長の養父。

 つまり、九年前、課長の窮地を救った実の叔父、谷田部総次郎さん。

 その人が選んだ婚約者候補がいるのに、この人は、私にヨリを戻せという。

 なぜ?

 たとえば、万が一、私と課長がヨリを戻したとする。

 それが原因で、婚約が反故(ほご)になると、どうなる?

 自分が勧める婚約を反故にされたとなると、総次郎氏は良い気持ちはしないだろう。

 もしかしたら、『なんて恩知らずな』と激怒するかもしれない。

 そうなって、立場が悪くなるのは課長だ。

 この人は、課長を窮地に立たせたいの?

 ううん、違う。

 そんな目先の小さな利益で満足するような人じゃない。

 この人の真の目的は、その先にあるんじゃないだろうか。

 課長を窮地に立たせることで、この人が得る大きな利益?

――ああ、そうか。

 ストンと、何かが()に落ちる。