――ま、まさか。

 まさか、この話って。

「あの、その息子さんって……」

 怖くて、最後まで言葉が続かない。
      
「叔父の異母弟の名前は、『(さかき)悟朗(ごろう)』、その息子の名は『東悟(とうご)』という。ちょうど、九年前の出来事だ」

 ゆっくりと。

 彼の口角が愉悦の形に吊り上がるのを、私は、身動きもできずに、ただ見つめていた。

『もう、終わりにしよう』

 九年前。

 恋人から突然の別れを告げられた時、私なりに、その理由を考えてみた。

 私が、嫌いになったのだろうか? 

 他に、好きな女性ができたのだろうか? 

 どんなに一生懸命考えても、浮かぶのは、そんなありきたりなものばかりで。

 結局、理由を告げられることはなく、あの人は、私の前から消えてしまった。

 募るばかりの恋心を、置き去りにしたままで――。

 そして、その恋人と上司と部下として再会した、今。

 従兄だという、谷田部凌という人物から予期せず知らされた、元恋人榊東悟・谷田部課長の過去。

 それは、あまりにも衝撃的で、私の想像を遥かに超えた過酷なものだった。

 父親の事業の失敗と、その死。

 追い打ちをかけるように、母親を襲った不幸。

 残された莫大な借金と、母親を生かすために必要な、高額な医療費。

 けっして、一介の大学生にまかなえるような金額では、なかったはずだ。

 いったいあの人はあの時、その背に、どれほどの重荷を背負っていたのだろう。

――胸が、痛い。

 あの時、別れの理由を口にできなかったその心中を思うと、胸の奥が、キリキリと締め付けられるように、痛い。