「……」

 断るだろうと思いながらも、なんとなく口には出せない。

「まあ、君が考えているように、当然断られた。世の中、それほど甘くはないからな」

 人の思考を読んだみたいに、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる彼は、ますます悪魔めいて見える。

「ここまでは、よくある不幸話だが、この続きはもっと不幸な話でね」

――なんでこの人は、叔父に当たる人の不幸話を、こんなに楽しげにするのだろう?
  
 うすら寒さを覚えつつも、聞かないわけにはいかない。

「唯一、可能性が残されていた金策が失敗に終わった異母弟は、失意のうちに自家用車で家路につき、その途中大きな交通事故を起こして死んだんだ。衝動的な自殺だったのか過失による事故だったのか、いまだに判然とはしないがね」

「えっ……?」

 語られた内容のすさまじさに、さすがに、息を飲んだ。

 亡くなった人は、さぞ無念だったことだろう。

 でも残された者は、もっと無念でやり場のない悲しみに暮れる日々が続いていく。

 交通事故で命を落とした自分の父親と重なって、胸が痛んだ。

「更に不幸なことに、彼の車には妻が同乗していてね。かろうじて命はとりとめたが、頭を強打したため植物状態に陥り、今もそのままだ」

――今も、植物状態のまま……。

 よどみなく語られる、まるで不幸の見本市のような出来事に、暗たんたる気持ちで小さく息を吐く。

 そんな私の様子を楽しげに見やり、彼は、とっておきの話をするように声のトーンを落とした。

「そこで残されたのが、当時、大学卒業を目前に控えた一人息子と、彼の両肩にのしかかる、途方もなく膨れ上がった借金。プラス、生命維持に莫大な金がかかる、植物状態の母親だったわけだ」

――え……?

 今、なんて、言ったの?

『大学卒業を目前に控えた一人息子』

 その言葉を脳内で反芻(はんすう)して、背筋に、戦慄(せんりつ)が走った。