そうと決まったら、即行動――とばかりに、

「すみませんが、もうそろそろ会社に戻らないといけないので、失礼させていただきます」

 ソファーから腰を浮かしかけたその時。

「おや、都合が悪くなると逃げるのか?」
 
 揶揄(やゆ)するような声が飛んできた。

 それは、今までかろうじてかぶっていた彼の『年上の紳士』という仮面に、ぺりっと亀裂が入った、そんな瞬間。

「逃げるなんて、そんなつもりはありません。本当に、仕事のスケジュールの都合なんです。すぐに戻ると同僚にも言ってきてありますし」

「その仕事よりも、大事だと思ったから、ここまで初対面の私に付いてきたんじゃないのか、君は?」

「そ、それは……」

 痛い所をチクリとつつかれ、続く言葉がうまく出てこない。

「東悟のことなど関係ない、どうなっても知ったことではないと思うのなら、何も聞かずにこのまま帰ればいい。止めはしないから」

 低く地を這うような声が、あからさまな挑発の言葉を放つ。私の内心に走ったのは怯えだった。

 でも、その内心の怯えを凌駕(りょうが)したのは、弱腰になって尻尾を丸めて逃げ出そうとした自分に対する、憤り。

――こうなったら、とことん聞いてやろうじゃない。

 そして、探ってやる。

 この人の腹の底に何があるのか、を。

 この人が敵か味方か。

 それを、見極めてやる。

 まんまと挑発に乗っている、そういう自覚はあるけど。

「わかりました。お話しを伺います」

 私は、浮かしかけていた腰を元の位置に落ち着け、背筋を伸ばして、まっすぐ彼の目を見据えた。

 返される視線は、愉悦という名の怪しい光をはらんでいる。楽しげに、ニヤリと上がる口角。

「君はやはり、私が思った通りの女性だ」