「客人を差し置いて、主ばかりが飲むわけにはいかないだろう?」

「それでは、お水をお願いします」

「じゃあ、ルームサービスで、炭酸水でも――」

「いえ、本当に、水道のお水で充分ですから」

「水道の水って、君……」

 という問答の末。

 結局、今私の前には、ワイングラスに入った無色透明の液体が置かれている。

 器が豪華だとこ洒落たドリンク風に見えるけど、中に入っているのは、料理に付いていたただの飲料水だ。

『はあぁっ』と、思わず出そうになる溜息を、笑顔で封じ込める。

――どっと、疲れた。

 なんだか、これだけで、すっかりエネルギーを使い果たした気がする。

 これからが本番なのに、最後まで笑顔キープできるだろうか、私。

 かなり、怪しい。

「遠慮しないで、どうぞ飲んで? ただの水で申し訳ないが」

 皮肉交じりの笑みに、すっかりひきつりまくりの笑顔もどきで応戦。

「はい、いただきます」と、一口ごくりと喉を湿らせる。

 ただのお水が、一番。

 安くて、安全、健康第一。

 ワインなんかうっかり飲んで、ボロが出たら大変だ。

「それで、お話の方なんですが……」

「君は、いくつ?」

――は……あ!?

 私の言葉は、脈絡のない質問で返され完全にスルーされてしまった。

 いきなり、初対面の女性に、年、聞きますか普通。

 そっちが無視するなら、こっちだって無視!

 したいのはやまやまだけど、それじゃ、会話が続かない。

「二十八ですが?」

「ほう……二十八か。良い年頃だ」

 赤いワインを口に含み、ゆっくりと味わうように飲み下しながら注がれる視線がなんとなく粘着質で、背筋に『ぞぞぞ』と悪寒が走る。