もちろん、本当に、トイレに行きたかったわけじゃない。
目的は、別にある。
キッチンスペースの更に奥まった一角にバス・トイレなどの水回りが集中していて、好都合なことに、彼が居る部屋中央に配置された応接セットまでは、けっこうな距離があった。
これなら、トイレの中でスマートフォンを操作しても、気取られる心配はなさそうだ。
いそいそとトイレの便座に座り込み、私はハンドバックからスマートフォンを取り出して、表示窓に視線を走らせる。綺麗に、アンテナが立っていた。
――よし、いける。
メールボックスを開いて、新規作成。
送信相手は、谷田部課長。
時間はあまりかけられないから、内容は端的に事実のみを書いた。
谷田部課長の従兄と名乗る人物に連れられて、課長の部屋のお向いに来ていること。
従兄さんは、私に折り入って相談があるらしいこと。
でも、例の盗撮写真の件が関係しているかは、今の段階では私の推論でしかなく、これから話しを聞いてみないと分からないので、あえて触れなかった。
課長は、盗撮写真を撮らせたのが誰なのかも、その目的も知っているようすだったから、この文面で、今、私が置かれている状況を、たぶん私以上に把握してくれるだろう。
そして、送信。
無事送信完了したのを確認して、スマートフォンがマナーモードになっているのを更に確認。
少し考えて、ハンドバックには戻さずに、制服のベストの右ポケットに滑り込ませる。
よし、やるべきこと、二つ目完了。
残る一つは、彼の『真意』を探ること。
そのためには、まず、話を聞くことだ。
立ち上がって水を流し、トイレのドアを開ける。洗面所で手を洗い、さっと身づくろい。
鏡の中には、少し不安げな自分の顔が映っていた。