課長の従兄だと名乗った、『谷田部(りょう)』。

 よく似た容姿から、血縁者なのは嘘ではないと思う。

 課長の婚約に関して私に相談があると、そう言っていたけど……。

 私の推理が間違ってなくて、あの盗撮写真を撮らせたのが彼だとしたら、今こうして私を呼び出した理由は、何?

 その目的は、どこにあるの?

 私から、何か聞き出したいのだろうか?

 それとも。――分からない。

 大理石調の艶やかな光を放つオフホワイトのタイル敷きの広い廊下を、悠然とした足取りで歩いていく後ろ姿を穴があくほど見つめても、その答えが分かるはずもなく。

 ただ、今の時点で分かっているのは、その目的を知ることは利害で言うならたぶん課長の『利』になるだろうということ。

 ならば、私の取るべき行動は一つだ。

「高橋さん?」

「はい」

 エレベーターの中で足を止めたままの私に、怪訝そうな眼差しを向ける彼の元へ、一歩足を踏み出す。

 エレベーターの扉の閉じる重い音が、背後で響いた。次の客を乗せるために、エレベーターは降りていく。

――もしかしたら、私の選択は、間違っているのかもしれない。

 妙に冷えた頭の隅で、そんな考えがチラリとよぎる。

 ううん、大丈夫。

 仮にも、彼は、課長の従兄だ。

 それに、それなりに社会的に安定した地位にいる様子だし、たとえ盗撮写真を撮らせたのが彼だとしても、直接何かを仕掛けてくるほど愚かな人には見えない。

 私に『折り入って相談がある』のだそうだから、その内容をとっくりと聞いてやろうじゃない。

 どうするかは、その後考えても遅くはないはず。