――ちょっと、待って。

 今の会話を要約すると、今から向かうのはレストランではなく、どこかの個室?

 ホテルの個室で、二人きりで食事……ってこと?

 リムジンの中は、まだ運転手さんがいたからよかったけど、それはさすがに、嫌かも。

 ここまで来てなんだけど、やっぱり食事は遠慮させてもらって、談話スペースでもどこでもいいから用件だけ伺って会社に戻ろう。そうしよう。

「あの……」

 本能が発する危険信号に突き動かされるように、数歩先を歩く従兄さんの背中に声をかけようとしたそのとき、背中をドンと押されて、思わずよろけてしまった。

 どうにか転倒は免れたけど、手にしていたハンドバックが足先に転げ落ちる。

 一瞬、何が起こったのか分からずに、立ちすくんでしまった。

「ああ、これは、失礼」

 茶色のハンチング帽をかぶった痩せぎすの年配の男性が、申し訳なさそうに頭を下げながら、ゆっくりとした動作でハンドバックを拾い手渡してくれた。

「大丈夫じゃろうか? 年を取ると、もうろくしていかんですなぁ……」

 男性自身にダメージはなさそうなので、ホッと安堵する。

「ありがとうございます。大丈夫ですよ、気にしないでくださいね」

 拾ってくれたお礼を言いハンドバックを受け取ると、私は、だいぶ先に行ってしまった従兄さんの背を追って、小走りに駆けだした。

「すみません、谷田部さん。やはり、お食事はご遠慮させて下さい」

 エレベーターの前で待つ従兄さんに追いつき、少し弾む息を整えながら、ようやくそれだけのことを口にすると、彼はおどけたように片眉を上げた。

「おや、ダイエットでもされているのかな?」

「そうではないですけど、あまり遅くなると、会社の者が心配するので……」