一歩、ホテルの中に足を踏み入れると、そこは、外とはまったくの別世界だ。
選び抜かれたハイセンスな調度品が、絶妙なポジションに配置された、ゆとりの大空間。
吹き抜けの天井には、きらびやかなクリスタルのシャンデリアが、一種、幻想的な光を投げかけ、談話スペースには、ゆったりとしたソファセットがいくつも置かれていて、語らう人たちの低いささやき声が心地よいBGMになっている。
一か月半前に谷田部課長と来たときは、地下の駐車場から直接エレベーターで課長の部屋がある最上階まで行き来したから、フロントを通ったのは今日が初めて。
さすがの豪華絢爛な雰囲気に思わず呑まれてしまって、言葉が出ない。
――ここって、一泊、いくらするんだろう?
というか、ここのペントハウスの賃料って、どのくらい?
下手をしたら、課長の給料よりも、高いんじゃないのだろうか?
なんて、変な心配をしている場合じゃない。
今、私が向き合わなきゃいけない大問題は、目の前を悠々と歩いていく、課長によく似た背の高い人物の動向だ。
「おかえりなさいませ、谷田部様」
複数の客の応対をしているカウンターの中の従業員のうち一番年かさの男性が、待ってましたとばかりに、にこやかな笑顔で声をかけてきた。
胸に付けられたネームプレートには、『支配人』と記されている。
「お食事は、既にお部屋の方にご用意させていただいておりますので。何かございましたら、内線で申し付け下さいませ」
「ありがとう。食事の後、この人と大切な話があるから、来客は断るように」
「はい、かしこまりました」
そのやり取りを聞いた私は、盛大に眉根を寄せた。