――誰かを待っている、すごい……車?

 漏れ聞こえてくる囁きの断片に、むくむくと、嫌な予感が膨れ上がる。

――まさか……。

 まさか……よね?

 その人垣を縫うように正面玄関を一歩出たところで、私の足はぴたりと止まった。

「うっ……そ、でしょう?」

 驚きのあまり、口があんぐりと開いた。文字通り、開いた口はふさがらない。

 目の前に、ドーンと黒い物体が立ちはだかっている。

 曇りひとつなさそうな黒光りしている洗練されたボディーは、これで公道を走れるの? と、まじめに心配してしまうほど、ばか長い。

 車には詳しくないから良くは分からないけど、見覚えのある外国メーカーのエンブレムの付いたこの巨大な車は、たぶん『リムジン』とかいうやつじゃないだろうか。

――リムジン、初めて見ちゃった。

 わーい、わーい♪

 と、喜べるような状況では、もちろんない。

 この高級車は別の誰かを待っているのであって、もしかして影に、課長の従兄さんが待つ別の車が隠れているかもしれない。否、隠れているはずだ。

 一縷(いちる)の望みをかけて周囲を見渡してみても、その姿を捉えることはかなわず。

「高橋様。こちらへ、どうぞ」

 立ち往生している隙に、運転席から降りてきた運転手さんが車の後部、というか中央部にあるドアを開けて、私ににっこり営業スマイルを向けてきた。

 思わず、他人のフリをして通り過ぎようかと思ったのに。

――に、逃げられない。