「はい、どうぞ。良かったら、食べて」

 ビールをちびちび舐めながら遠い昔に思いを馳せていたら、低い囁き声と共に隣からスッと大きな手が伸びてきて、白い小鉢を私のお膳に置いてすぐに引っ込んだ。

 私の好きな、『ホウレンソウのゴマ和え』。

 ああ、もう。

 こういうことするのか、このお人は。

 火に油を注がないでよ。

 胸の奥でくすぶり続けていた(うず)()が、にわかに熱を帯びていく。

 その温度を下げようと、思わず私はビールを飲み干した。

「おお~、梓センパイ、さすがに酒豪! 良い飲みっぷりっ!」

 誰が、酒豪だ人聞きの悪い。

 景気のいい美加ちゃんの声とともに、空になったコップに、再び黄金色の液体が満たされる。それは実に魅惑的に、私の目には映った。

……まあ、いいか。今日ぐらい。

 楽しくお酒を飲んだって、許されるわよね?

 なんて思ったのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。

 否。

 大きな、間違いだった――。