聞き覚えのありすぎる低音ボイスにフルネームで名を呼ばれ、その不可解さに眉根を寄せる。
なぜに、フルネーム?
「谷田部課長?」
首を傾げながら名前を尋ねれば、やはり課長の声で応えがあった。
「いいえ。谷田部ではありますが、課長ではありません」
若干笑いを含んだ声は、課長以外には聞こえない。
『谷田部』だけど、『課長』じゃない?
もう就業時間外だから、『課長』じゃないってこと?
「……はい?」
――もしかして、からかわれているんだろうか?
でも、わざわざ外線から固定電話にかけてきて人をおちょくるほど、さすがに谷田部課長も暇ではないはず。
「どういうご用件でしょうか?」
どう反応していいのか分からないので、とりあえず、一般常識的に妥当な線で応答を試みる。
「実は、高橋さんに、折り入ってご相談があるのですが、今日、今から時間をいただけませんか?」
――はい?
今からって、残業してるのわかってるくせに、何言ってるんだ、課長ってば。
それに、なんで、そんなに他人行儀な言葉使い?
訳がわからず、脳内をせわしなくクエスチョンマークが行ったり来たり。
「谷田部課長、どうしたんですか? なんだか、すごく変ですよ?」
まだ、からかわれている線が捨てきれないから、問う声も、訝しさ丸出しになってしまう。
「ああ、これは失礼」
クスリと笑いをもらした後、電話の主は私の疑問への答えをくれた。
「私、谷田部凌と申します。そちらでお世話になっている、谷田部東悟の従兄にあたります」
――ええええっ!?