「課長。ぜったい、脈アリだと思うんですけど、何も進展してないんですか、先輩?」

「ないないないー」

 課長の部屋という名の、高級ホテルのペントハウスでの一件以来、私と課長のプライベートでの接点は皆無だ。

 社内でしか顔を合わせないのに、進展なんて、あるわけがない。

「ちぇーっ。つまんないなぁ。いっそ、先輩からガンガンアタックとか――」

「しませんっ」

 ごにょごにょごにょと、耳元で声を潜めてはいるけれど、オフィス内でするような会話じゃないので、気が気ではない。

 いくら近くに人気がないとはいえ、壁に耳あり障子に目あり、だ。

 どこでだれの耳に入るか、分かったものじゃない。

「もう、この話は、おしまい!」

「むぅ~~」

 話し足りないのか、美加ちゃんは不満げに口をとがらせ、変化球で違う話題を振ってきた。

「じゃあ、あっちの御仁のほうは、どうなってるんですか?」

「え? ああ……」

『あっちの御仁』って、だあれ?

 なんて、事情通の美加ちゃんには、とぼけようがない。

 言わずもがなの、清栄建設の現場監督、飯島耕太郎さん(二十六歳)のことだ。

 飯島さんとは、遊園地に遊びに行った時以降、二人で会ったことはない。

 でもこれが実にマメに、週末になると、『遊びに行きませんか?』『飲み会、しましょうよ』などと、お誘い電話かメールが届く。

 今のところ、のらりくらりと角が立たないようにお断りしているけれど、なんだか、もうそろそろ新しい現場で顔を合わせそうな予感がしている。

 一応、一度はきちんとお断りしてるにも関わらず、飯島さんに、めげる気配はない。

 現場で一緒になったら、面と向かってのお誘いを断り続けるのも、かなりしんどそうだなぁ。