「――それで?」

「長期滞在予定で、ここに来てますよ、あの御仁(ごじん)

「ここって、このホテルにか?」

 驚いたように、質問する課長の声のトーンが少しだけ上がる。

「ええ。昨夜遅く、向かいの部屋に入りました。それも、とても美しい随員付きで。彼女は、最近入った秘書課の新人の子ですね」

「社長にあれだけ釘を刺されておいて、まだ懲りないのか?」

「それで懲りるような人間なら、周りも君も苦労はしないでしょう?」

「わざわざ、なんのために……」

「対外的には、グループ傘下企業の視察だそうです」

「傘下企業の視察?」

「ええ、実際、そのような業務命令は下っています」

「たんなる偶然か?」

「または、誰かの思惑による必然か、ですね」

「……」

「でもまあ、数ある選択肢のうちで、わざわざ君が定宿にしているここに出向いてきたのが偶然とは思えませんから、この機に乗じて何かを仕掛けてくることは、充分考えられます」

「――だろうな」

「なんにせよ、気を付けるに越したことはありませんよ」

 長い溜息を落としたのは、たぶん、課長の方。

 私には、課長の知り合いが、お向かいの部屋に宿泊しているらしいということくらいしか分からないけど。

 なんだか、深刻(しんこく)そう……。