いけない。
お客様にお茶も出さずにいるなんて、大人の女としてどうよ、私?
「高橋さん、缶コーヒーで充分だ。冷蔵庫に入ってるから、『そのまま』持ってきてくれないか?」
『そのまま』のフレーズに、そこはかとなく怒りの成分がにじむ。
でも、『出すな』とは言わないところが、課長の良いところだと思う。
「高橋さん、ドリップで落としてくださいね。少し濃い目に。ミルクは少々、僕は甘党なので甘めにお願いします」
いくら幼なじみだって、お客様に缶コーヒーをそのまま出すのは私の常識がウンと言わず、課長の言葉は、にこやかに黙殺することにした。
「はい、わかりました。少し濃い目にミルクは少々、甘めにですね」
「ありがとう。慌てなくてもいいですからね。美味しいのをよろしくお願いします」
「はい」
軽く一礼して、奥のキッチンスペースに足を向ける。
「図々しい奴め。人の部下をあごで使おうなんて、どういう了見だ」
「こう言う了見ですよ」
探偵さんは、小脇に置いていた、黒い革製のビジネスバッグから取り出したA4版の茶封筒を、すっとテーブルの上に差し出した。
それを受け取り、中身を引き出し走らせた課長の瞳が、一瞬、驚いたように見開かれるのが視界の端に見えた。
何か、報告書のようだけど、私の立っている位置からは中身まではわからない。
ただ、ぴりりと張りつめてしまった空気から、その内容があまりかんばしくないものだと言う印象を受けた。
――気になる。
ものすごーく気になる。
でも、覗き込むわけにもいかず。
私は、そのまま、キッチンへと向かうしかなかった。