「出直す気なんか、ぜんぜんないくせに、よく言うよ」
「社交辞令ってやつですよ。一応君は、大事なクライアントですからね、谷田部くん。僕だって少しは気を使います」
「クライアントの『ひとり』、だろう?」
「まあ、そうとも言いますね」
――クライアント?
ビジネス上というよりは気の合う友人同士のような打ち解けた会話に、取り残された感いっぱいな私は、訳も分からず目を瞬かせた。
「初めまして、ですね、高橋さん」
部屋の中央に配された応接セットに腰を落ち着けたお客人は、まず、私にそう言って、にっこり笑顔付きで名刺を差し出した。
お茶を入れに行こうと座らずにその場を辞するタイミングをはかっていた私は、立ったまま失礼して、両手でその白い名刺を受け取る。
「風間太郎です。谷田部君とは子供のころからの付き合いで、まあ、幼なじみの腐れ縁ってやつですね。こういう仕事をしていますので、どうぞごひいきに」
――え?
『風間探偵事務所 所長 風間太郎』
白地に黒いインクで書かれた、ごくシンプルな名刺に視線を走らせた私は、意外すぎる職種に目を丸めた。
「探偵……さんって、ホームズとかポアロとかの、あの探偵さんですか?」
「はい、その探偵さんです」
思わずまじまじと、向けられるにこにこ笑顔と白い名刺を交互に見比べてしまう。
小説やテレビドラマでは大活躍の職種だけど、実際に生の探偵を目にするのは、初めて。キリンというか、麒麟だ。
伝説上の幻の珍獣を、見た気がする。