玄関ドアの前で谷田部課長と対面している人物は、例の婚約者候補嬢ではなかった。

 濃紺のスーツをきっちりと着込んだ、サラリーマン風の男性で、たぶん、年齢は三十代そこそこ。

 課長ほどではないけれど上背があり、手足が長いひょろっとした痩せぎす体躯の持ち主で、ホワンとした、柔らかな空気を身に纏っている。

 大型の草食獣を思わせるつぶらな瞳と、ひょうきんな小ぶりの丸メガネが、特徴と言えば言えるかもしれない。

 なんとなくキリンを思い出させる、妙に愛嬌のある人物。

 人の良さそうな、どこにでも居るようなサラリーマン。

そんな感じだ。

 どこかで会ったと言われればそんな気もするけど、私の記憶の網にはまったく引っかかってこない。

「見ての通り、じゅうぶん取り込み中だから、用件は手短にしてくれよ、風間」

「心得ていますよ。用件の半分は君の所在確認ですから、もう済みました。後の報告は五分もあればOKです――が、『本当に』取り込み中なのでしたら、出直しましょうか?」

『本当に』のイントネーションに、かなりの皮肉の成分が込められている気がする。

 風間さんに、にこにこと邪気のない笑顔を向けられて、課長は苦笑いを浮かべた。

 見るからに『只今お取込み中』の看板を首から下げた状態の私は、半開きの、寝室のドアノブをつかんで固まったまま、笑顔をひきつらせるしかない。

――こういう場合、なんて挨拶すればいいんだろう?

 こんにちは?

 初めまして?

 いらっしゃいませ?

 ま、間抜けだ……。