なによ、それ?
私は携帯お笑い芸人ですか?
人の心配を、腹を抱えて笑うとはなんてヤツ!
若干ぶすくれていると、サラリと前髪を撫でられて、ぎょっと身を縮める。
「課長っ」
「別に、誤解されても構わないよ」
あなたは構わなくても、私は構うんですっ!!
私の慌てっぷりなど意に介さないように、くるりと背を向け、玄関ドアの方へ歩み寄る課長の後ろで、私は最後の抵抗を試みた。
言ってだめなら、行動あるのみ。
隠れてしまえば、こっちのもの。
ハンドバックを胸にかき抱き、私は部屋の中をグルリと見渡した。
ベランダは、丸見えだからNG!
トイレは、お客様が使うかもしれないからNG!
残る選択肢は、玄関ドアから対面にあるもう一つのドアの向こう側。
ここだっ!
動き出してから、瞬時にこれだけのことを、ほとんど脊髄反射のように考えた私は、目的地に突進した。
ドアノブを引っ掴み、ガチャリと扉を押し開く。半開きになったドアの隙間から目に飛び込んできたのは、部屋の真ん中にドーンと鎮座した、やたらとでかいサイズのベット。
――げげっ。
ここ、課長の寝室!?
一瞬、入るのをためらったのがイケナイ。
そもそもどう見積もっても、タイミング的に私が隣の部屋に飛び込む時間より、課長が玄関ドアを開ける時間の方が早いわけで。
「あれ? 高橋梓――さん?」
客人の笑いを含んだ声に背中を叩かれ、私は半開きのドアのノブを力いっぱい掴んだまま、ピキンと動きを止めた。
フルネームで呼ばれた割に、その声にはまったく聞き覚えが無い。
「なんだ、こんな時間に二人揃って仕事をサボって、お取りこみ中だった?」
飛んできた予想通り過ぎる台詞に、背筋を嫌な汗が伝い落ちる。
私はドアノブを掴んだまま、体をねじって、おそるおそる振り返った。