「ところで、高橋さん――」

「は、はい?」

 にっこりと。

 若干覇気はないものの、いつもの営業スマイルを浮かべた課長の表情に、なにか不穏な空気を察知して、思わず浮かべた笑顔が引きつってしまう。 

 エレベーターは、鬼門だ。

「寝汗をかいて、かなり気持ち悪いから、シャワーを浴びたいんだが」

 課長は、白いワイシャツの胸元をつまんで、パタパタと振って眉根に皺を寄せてみせる。

 な、なんだ。そんなことか。そりゃあ、もちろん。

「だめです」

 ニッコリと全否定。

 気持ちはわかるけど、今の状態でシャワーなんて言語道断だ。

 さらに熱が上がりかねない。

 それに、私だってシャワー浴びてないんだから課長だけずるい。

 なんて、本音は言えないけど。

「十分ですむから。ほら、病院にいくなら、清潔にしないと」

「熱が高いんですから、シャワーなんてだめです」

「じゃあ、五分で」

「着替えだけにしてくださいね」

 にっこり、課長の十八番(おはこ)の営業スマイルを真似てみたら、ご本家様は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「怖いよ、その笑顔」

 それは、お互い様です。

「と言うことで、病院の診療時間があるので、急ぎましょうね」