こうなっては仕方がない。

『鳴かぬなら、鳴くまでまとうホトトギス』って言ったのは、徳川家康だったか。かの御仁にあやかることにした。

 かなり心臓に悪い状態だけれど、このまま、課長が完全に眠ってくれるまで静かにして待っていよう。

 まさか、熟睡すれば放してくれるだろうし、今更あせる必要もないよね――?

 などと、余裕のあるふりで、高をくくっていたのが大間違いだったかもしれない。

 トクン、トクンと、

 脱力した身体中に感じる、自分のものか課長のものか定かじゃない少し速めの規則正しい鼓動はやたらと安心できて、疲れた身体と心を眠りの世界に甘く誘った。

――だめ、課長の頭、冷やさないと。

 六時くらいには、美加ちゃんも起こしてあげないと。

 それから、会社に欠勤の連絡を入れて、課長を病院に連れて行って……。

 のろのろとした緩慢な思考は、いつの間にやら闇に飲まれてしまった。

 酷く、甘ったるい夢を見た気がする。

 甘ったるくて、懐かしい夢。

 夢の中の私は、まだ十八歳で。

 最近付き合い始めた、初めての彼氏『榊先輩』の一挙一動に、ドキドキハラハラ。

 からかうような先輩の言動にいちいち律儀に反応しては、更にからかわれ。

 顔を真っ赤に上気させた私は、せいいっぱいの抵抗を試みる。

『先輩の、いじめっ子! そういうふうに意地悪ばかり言ってると、私だって怒りますよ!?』

 常ならば、『怒ってみれば?』と、ニコニコと満面の笑みで更にからかう言葉が返ってくるところだけれど、今回はなぜか驚きの声が上がった。いつもと違った反応を引き出したことが嬉しくて、思わず笑ってしまう。