私の反応が意外だったのか、少し、驚いたように目を見張った後、私を見つめる谷田部課長の顔に浮かんだのは、『あの笑顔』だった。

 真っ直ぐ向けられる柔らかい優しい笑顔に、心の奥がざわめくのはまだ止められない。

 それでも、私は作った笑みを崩さずに、再び同じ台詞を静かに繰り返した。

「谷田部課長、手を、放してください」

 言葉の意味を咀嚼するような、短い沈黙の後。

 ゆっくりと目を閉じ、その笑顔を寂しげなものに変化させながら、課長は私の背に回していた左手をすうっと外した。

 それと同時に、手のひらから与えられていた温もりも、まるで気化するみたいに消えていく。

 瞬間、胸を突き刺したのは、たとえようのない喪失感。

 それに耐えながら、私は床に両腕を付き上体を起こした。

「――すまない。少し悪酔いしたみたいだな……」

 疲れたような力の無い呟きを落とし、パタリと脱力したように、私の身体を離れた両腕をフローリングの床に投げ出して、課長は静かに目を閉じる。

 そして、二人しかいない部屋の中は沈黙に包まれた。

「……課長?」

 そのまま何の反応もしなくなった課長の顔を、覗き込む。

 固く閉じられた瞳は、開く気配がない。

 もしかして、寝てしまったの?

「谷田部課長?」

 再び、名前を呼んでみても、やはり反応はない。

 どうやら、本当に眠ってしまったみたいだ。

 チラリと、壁掛け時計に視線を走らせれば、すでに夜中の三時を回っている。

 いい加減に、私も、眠らなきゃ。

 そう思ったところで、まだ自分が課長の身体に、しっかり跨ったままだということに初めて気付き、一気に頭に血が上った。