この人も迷っているのだろうか?

 私と同じように、自分の気持ちがままならずに悩んでいるのだろうか?

「ごめん……」

 ほとんど囁くような贖罪の言葉が、ポトリと心の中に小さな波紋を描く。

 それは、私を泣かせたことへのわびの言葉。

 同時に、これ以上は踏み込めないという言外の拒絶のサイン。

 私は榊東悟という元恋人の性格を、良く知っている。

 再会から数ヶ月課長補佐として、谷田部東悟と言う上司の昔と変わらない部分も変わった部分も、間近で見てきた。

 その上で悲しいことに私には、自分が拒絶されていることが理解できてしまう。

 今の私は、この人にとって部下以上の存在にはなれないと、肌で感じてしまう。

 なら、せめて。

 最高じゃなくてもいい。

 最良の部下でありたい。

 そう、思った。

 ふうっと、一つ、深呼吸めいた大きなため息をつき。

 私は、静かに課長の胸に伏せていた顔を上げた。

 そう。

 元・恋人の東悟ではなく、谷田部課長の胸から、顔を上げた。

 頬はまだ涙の跡で濡れているけれど、もう涙の元栓は、ぎゅっと締め切った。

 そして。

「課長、手、放してくださいね。以前言ったはずですよ? 今度やったら、(たぬき)親父に言いつけるって」

 こわばる口の端をどうにか引き上げて、自分でも、可愛くないと思わずにはいられない、辛辣な台詞を吐いた。