「どう……して?」
そう、問わずにはいられなかった。
今更、どうして、そんな瞳を私に向けるのかと。
私とあなたは、ただの上司と部下。
あなたは、私のプライベートには、関知しない。
そう、言ったじゃないの。
答えの変わりに、 良くできました。んじゃご褒美を」
笑いを含んだ声と共に唇に走ったのは、懐かしい、柔らかい感触。
そっと唇に触れただけの優しいキスなのに、その破壊力は絶大で。
次の瞬間、私の涙腺は一気に崩壊した。
ぽろぽろぽろと後から後からとめどなく溢れ出す涙の雫が、上気した頬の熱を奪って、音も無く滴り落ちていく。
「……っ……」
泣くまいと、ギュッと唇を噛んで懸命に堪えるけれど、どうすることも出来ない。
溢れ出したのは、涙に姿を変えた消すことの出来ない恋心だ。
再会したその時から、こういう瞬間が来ることは分っていた気がする。
気付かないフリをしたって、その声を聞くたびその笑顔を見るたびに、心の天秤はいつだって大きく揺らいでいた。
かろうじてとっていた危うい心のバランスは、今、たった一度のキスで、いとも簡単に崩れ去ってしまった。
私は、この人が好きだ。
今も昔と変わらずに、ううん、それ以上に、この人に恋い焦がれている。
いつだって触れたいと、触れて欲しいと、心の奥底で願っていた。
だけど――。
あなたには、婚約者になる予定の人がいるのに。
「どう……して?」
こんなふうに突然、心の中に踏み込んでくるの?
私に、抗う術などないのに。
こんなの、ずるい。
ずるいよ。
「っ……」
溢れ出る涙を止めようがない私は、課長の、東悟の胸に『パフン』と自ら顔を伏せた。
頬から離れた彼の右手が、まるで私の涙に戸惑うように、そっと頭に乗せられる。
大きな手のひらから伝わる温もりが、心の中にじんわりと染み込んで行く。
「どうして……だろうな」
抑揚のない、でも苦渋の成分を色濃く含んだ低い呟きが、白く滲んだ世界に静かに溶けていく。


