このままここで撃沈しないうちに、自分の陣地に撤退した方が無難かも。
なけなしの理性の働きでそう結論に達した私は、二センチばかりコップの底に残っていたビールを、ごくごくと飲み干した。
これで、打ち止め。
タイムオーバー。
「じゃあ、もうそろそろ……」
『寝ましょうか』と重い腰を座布団から引き剥がし、立ち上がろうとした次の瞬間だった。身体が左側に、谷田部課長が座っている方に大きく傾いだ。
「ふひゃっ!?」
意味不明の情けない小さな悲鳴が口から飛び出すけど、何の助けにもならない。
傾いだ世界はグルリと、半回転。
重力に引かれた身体は、焦る気持ちを嘲笑うかのように前のめりに垂直落下していく。
このまま行けば、めでたく床に顔面殴打は免れない。
メガネを掛けたまま物にぶつかるとかなり痛い。それですめば良いけど、悪くすればフレーム湾曲・レンズ粉砕。
更に悪くすれば流血モノ――の、はずなのに。
腹這いに倒れた身体に襲ってきたのはフローリングの床にぶつかる硬質の衝撃や痛みではなく、ほど良いクッション緒の効いた妙に懐かしい感触――。
フワリ、と鼻腔に届くのは、柑橘系のコロンと微かなタバコの匂い。
見開いた目の前いっぱいに広がるのは、白いワイシャツの生地。
背中にぎゅっと回された、力強い腕。
酔いが回って、ふらついたんじゃない。
強い力で、左手を引っ張られて、倒れこんだ。
誰が、引っ張った?
何処に、倒れこんだ?
って、二人しか居ない空間で、答えなんか明白だ。