「なんですか、その笑いは?」
少しムッとした表情を作り、ボソリと低い呟きを落とす。
本当に怒っているわけじゃないけど、お酒が入っているせいか妙に絡みたい気分だ。
「いや、別に」
そう言って更に深まる課長の笑顔に内心ドキドキしつつも、ムッとした表情を作ってみせる。
顔が赤いのはお酒のせいにできるけど、そうでもしていないとこのドキドキを悟られそうで怖い。
「課長」
「うん?」
「前から、言おう言おうと思っていたんですけど」
「うん」
「私を見て、意味もなくニヤケるの、やめてください」
わざとぶっきらぼうに語尾を強めて言うと、課長は『うん?』と若干考えを巡らせるように小首を傾げた。
「……ニヤケてるか、俺?」
「すっごく、ニヤケてます」
「ふうん」
ふうん、って、あなた。
まさに今、あなたが浮かべている、『その笑顔』のことを指して言っているんですけど?
普段はぜったい崩さない、鉄壁の営業スマイル。
本心が見えない作り物の笑顔とは違う、ふわりとした柔らかい笑顔。
不意に、自分に向けられているその笑顔に気付くたびに、心の奥に想いの欠片が降り積もっていく。
その重みに耐え切れずに、いつか心の底が抜けたらどうしてくれるのよ、この上司さま。
「何かあるんなら、ちゃんと言ってくださいね。ものすっごく、そう言うの気になりますから!」
「了解、了解」
これっぽっちも了承も理解もしていないよう笑顔で返されて、本気で肩の力が抜け落ちる。
笑い上戸だったっけ、この人?
のろりのろりと細い記憶の糸を辿ってみても、倦怠感と疲労感のダブル攻撃に、更にアルコールの援護射撃が加わって思考回路も切断寸前。
上手く考えが纏まらないところに猛烈な睡魔が襲ってきた。
さすがの恋心も、睡眠欲と言う本能の前には眠りに落ちるらしい。