私もさすがに疲れていたし、なにより美加ちゃんが抜けたこのシチュエーションで二人きりで酒盛りするのは、ちょっと気まずい。

 と言うか、別の意味でもまずい気がする。

 シーラカンスの尾ひれが、虚像ではなく実体化しそうでますます笑えない。

 こ、ここは、きっぱりお断りしよう。

 と、思いつつも、口から出たのは、まったくきっぱりしていない言葉で、

「でも、課長、明日も早いので……」

 と、語尾を濁していたら、 

「少しだけ。ほら、もうこれでビールも打ち止めだから」

 なんて、テーブルに残されている最後の未開封缶ビールを掲げながらニッコリと微笑まれて、根性なしにも思わず向かい側の自分の席に、ちょこんと座ってしまった。

 私は、この笑顔攻撃には絶対勝てない気がする。

 もっとも、笑顔なしで言われても、勝てないだろうけど。

 思えば、初めて出会ったときから、そうだったなぁ。

 あの日。

 大学で水溜りに足を取られてすっ転んで、半べそをかいていた私に声を掛けてきた、奇特な先輩。

 少し怖いと感じていた、その鋭い雰囲気が一転し、浮かんだこの上なく優しい笑顔。

 たぶん、私はあの瞬間から、この人に囚われている。

「はい、どうぞ」

「あ、はい、いただきます」

 コップに満たされた金色の液体を、コクリと一口口に含むと、独特のほろ苦い味わいが舌先から喉に流れ込み、身体全体が清涼感に満たされる。

 うん。美味しいや。

 やっぱり、夏の夜は、キンと冷えたビールにかぎるね。

 ちょっと、オヤジくさい感慨にふけっていたら、課長が愉快そうにクスクスと笑い出した。