「そうは言っていない。ただ、こう言う問題はとてもデリケートだから、色々な事態を想定して慎重に進めた方が良い、と言っているんだ」
「それは、そうかもしれませんけど、このまま有耶無耶になんてできる事じゃないと思います。大木社長には、自分がしでかしたことの責任をきっちり取って頂かないと。今回は大事に至らなかったから良いようなものの、もしもまたっ……」
取り返しがつかない事になったら、どうするの!?
思わず、口から飛び出しそうになった言葉をどうにか飲み込む。
「高橋さん、君の言うことはもっともだが、一時の感情で物を言ってはけない。今一番大切なのは、佐藤さんの気持ちとこれからの事だろう? 一時の憤りを発散させて君はそれでも良いかもしれないが、後で辛い思いをするのは彼女自身なんだ」
「そんなっ、私はそんなつもりはっ!」
分かっている、というように課長は頷き、言葉を続ける。
「例えば、万が一。全てが誤解から生じた不幸な事故だと主張されたら、こちらが何と反論しようと証人がいない以上、第三者にはどちらが真実を言っているかなんて判断はできないだろう?」
「そ、それは、そうかもしれないですけどっ」
だからって、全てを無かった事にはできない。したくない。
「それに、もしも逆の事を主張されたら、どうする?」
逆? 逆って、何?
「あたしが、誘った……って、言って来るかもしれないって事ですよね?」
震えを含んだ声で美加ちゃんは、ようやくそれだけを口にした。
「そう。君の話を聞く限りでは大木社長は最後にその手の事を言っているし、その可能性も考えておいた方が良いだろう」
美加ちゃんの方が、誘った?
そんな、そんな馬鹿なこと。
信じたくない思いと、その可能性も捨てきれないと言う思いが、混乱する心の中で交錯する。