谷田部課長の正体が、私の知っている元恋人の榊東悟だと分かった――。
これで、一安心! めでたしめでたし~!
と、簡単に全てが丸く収まるのなら苦労はしない。
むしろ正体が分かったことで、余計に気になってしまうのが悲しい女のサガと言うもので。
些細なことに、神経が張り詰めてしまうのが自分でも分かる。
「高橋さん、この勾配ポイントなんですが――」
予定通り、駅で設計士の先生とゼネコンの担当監督を乗せて第一工場で原寸検査に入っても、背中に感じる谷田部課長の視線が気になって仕方がない。
自意識過剰すぎると分かっていても、気になるモノは気になってしまうのだ。
いったい私は、どうしちゃったんだろう?
もう、まるで制御不能。自分で、自分の気持ちが分からない。
「高橋さん? 聞いてますか?」
「あ、は、はい。すみませんっ!」
いけない。
なにやってるんだ、私は。
今は、真面目に検査に集中しないと。
いったいアンタは何年この仕事をしているんだ。
しっかりしろ、高橋梓!
「ええっと、ここの勾配ポイントはですね――」
設計士の先生の訝しげな声にハッと我に返った私は自分に気合いを入れ、図面と原寸図を見比べながら、詳細の説明を始めた。