「これを――」
後ろに佇む課長に背広の上着を差し出されて、ハッと我に返る。
いけない。
あんたがしっかりしないで、どうするの!
「美加ちゃん、はいこれ。上に着ようか?」
「……」
ぽろぽろと涙をこぼしながら頷く美加ちゃんに、課長が貸してくれた上着を羽織らせてあげる。
小柄なその体は、大きな上着にすっぽり包み隠されて。
本人もいくらか落ち着いてきたのか、無言でしゃくり上げていた美加ちゃんも、「すみません、残業中に来てもらっちゃって」と、エヘへっと笑みを浮かべようとする。
その姿が痛々しくて、思わず抱き寄せてしまった。
華奢な体に小刻みみな震えを感じて、胸がつぶれそうに痛んだ。
フワリと、優しい花の香水の匂いと柔らかな髪の感触にギュと目を瞑り、私は静かに口を開いた。
「病院、行こうか? ケガ、消毒してもらった方が、安心だから。ね?」
私の説得に美加ちゃんは、『否』と、頭を振った。
「大丈夫です。本当に、なんでもないんです。このケガは、自分でH鋼の角にぶつけて切っちゃったんです。ほら、切りっ放しの鉄材って、ガラス並に良く切れて大げさに血が出るから……」
「でも……」
鉄材にぶつけて切ったと言うのは、本当かもしれない。
確かに、鉄の切断面は刃物のように鋭利で、ちょっと間違ってぶつけただけでも、スパッと切れて結構血が出るのだ。
完成検査などで、工場に入ることもあるので、私も何度か痛い思いをしている。
言葉通りに自分でぶつけたのだとすれば、十中八九、大木鉄工の工場でケガをしたのだろうと思う。
だかどなぜ、大木鉄工で手当てを受けずに、美加ちゃんはこんな所で一人で泣いているの?