「梓……」

 その声で、名前を呼ばないでよ。

 古傷がズキズキ痛むじゃないの。

 生憎(あいにく)、私は自分の傷を抉って喜びに打ち震えるような、アブナイ趣味は持ち合わせていませんから!

「……あの時は、すまなかったな」

 明らかに、さっきまでと声のトーンが変わった。

 引き寄せられるように再び向けた私の視線の先にあるのは、あの頃と変わらない真っ直ぐな瞳。

 これ以上ないくらい真剣な瞳には、さっきまでのからかいを込めた色合いは微塵も残っていない。

――な、なによ。

 こんなの、反則技も良いところじゃない……。

 長いようで、たぶん一瞬だろう視線の交錯。

 でも、その一瞬は、私の心の奥に封印したはずの何かを目覚めさせるのに、充分な時間だった。

 ザワザワと、心の奥で、ゆっくりと何かが動き出す。

 それは、熱い予感。

 たぶん私は、この男に惹かれるのを止められない。

 あの頃のように。

 ううん。あの頃以上に、惹かれてしまう。

 そんな確信めいた予感が、高鳴る胸を過ぎった。